きのこ・たけのこには幻の兄弟がいた!消えた「すぎのこ村」とは

きのこの山、たけのこの里にもう一つ仲間がいた?1987年に発売された明治「すぎのこ村」の正体や歴史、現在も買えるのかを分かりやすく紹介します。
きのこの山・たけのこの里の3兄弟とは?幻のお菓子「すぎのこ村」を徹底解説
「きのこの山、たけのこの里、あと一つは何だっけ?」
そんな疑問から、このページにたどり着いた人もいるのではないでしょうか。
先に答えを紹介すると、思い浮かべているお菓子は、おそらく「すぎのこ村」です。
「きのこの山」と「たけのこの里」は現在でもよく知られていますが、かつて明治から「すぎのこ村」というチョコスナックも発売されていました。
特に昭和のお菓子を知っている世代なら、名前やパッケージを見て「あった!」と思い出すかもしれません。
この記事では、きのこの山・たけのこの里・すぎのこ村の関係や発売された順番、すぎのこ村がどのようなお菓子だったのかを分かりやすく紹介します。
🍄 きのこの山・たけのこの里・すぎのこ村とは?
まず、それぞれが登場した時期を整理してみましょう。
きのこの山は1975年に発売。
その4年後となる1979年に、たけのこの里が発売されました。
そして1987年に登場したのが、今回の主役であるすぎのこ村です。
つまり発売された順番で並べると、次のようになります。
1975年 きのこの山
1979年 たけのこの里
1987年 すぎのこ村
「きのこの山」と「たけのこの里」があまりにも有名なため、この2商品だけだと思われがちですが、1980年代には新しい仲間として「すぎのこ村」も登場していたのです。
ただし、現在の明治公式ブランドでは「きのこの山」と「たけのこの里」の2商品を中心に展開しています。
そのため「現在も公式に3兄弟として販売されている」という意味ではありません。
「幻の3兄弟」「第三勢力」といった表現は、すぎのこ村の存在を分かりやすく説明するための呼び方と考えるのが適切でしょう。
🌲 幻のお菓子「すぎのこ村」とは?
すぎのこ村は、1987年に当時の明治製菓から発売されたチョコスナックです。
商品名のとおり、杉の木を連想させる細長い形をしていました。
きのこの山には「山」、たけのこの里には「里」、そしてすぎのこ村には「村」。
こうして並べてみると、自然や日本のふるさとを連想させるネーミングになっています。
現在の明治も、きのこの山とたけのこの里を「日本のふるさとをテーマにしたチョコスナック」と説明しています。
山、里、村。
なんとも昭和らしい、ほのぼのとした世界観です。
「きのこの山とたけのこの里は知っているけど、すぎのこ村は知らない」という人が多いのも不思議ではありません。
すぎのこ村は、現在では通常販売されていない商品だからです。
🍫 すぎのこ村はどんなお菓子だった?
すぎのこ村は、クラッカーとチョコレートなどを組み合わせたスティック状のチョコスナックでした。
現在のきのこの山は、チョコレートとクラッカーの組み合わせが特徴です。
一方、たけのこの里ではクッキーが使われています。
見た目だけでなく、土台となる焼き菓子の食感にも違いがあるわけです。
すぎのこ村もまた、こうした「チョコレート+焼き菓子」という楽しさを持った商品でした。
3商品が店頭に並んでいた時代を知っている人にとっては、非常に懐かしい存在でしょう。
📅 きのこの山とたけのこの里はいつ発売された?
ここで改めて、現在も続く2大ブランドの歴史を見てみます。
きのこの山が発売されたのは1975年。
明治によると、そのアイデア自体は発売のおよそ5年前から存在し、試作を重ねて商品化されました。
そして1979年、きのこの山に続く商品としてたけのこの里が誕生します。
たけのこの里では、きのこの山のクラッカーとは異なり、クッキー生地が採用されました。
現在まで続く「きのこ派」「たけのこ派」の違いは、単純な形だけではありません。
クラッカーの食感が好きならきのこの山、クッキーの食感が好きならたけのこの里というように、焼き菓子部分にもはっきりした個性があります。
🔍 すぎのこ村は現在も販売されている?
「そんなお菓子があったなら食べてみたい!」と思うところですが、残念ながらすぎのこ村は現在、通常商品として販売されていません。
過去には復刻版が登場したこともありますが、昔の商品だからといって現在も購入できるとは限らないので注意しましょう。
中古品や古いパッケージなどをインターネットで見つけても、食品として安全に食べられるという意味ではありません。
コレクション目的の商品と、現在販売されている食品は分けて考えることが大切です。
もう一度正式に復活する日が来れば、昭和を知る世代だけでなく、すぎのこ村を知らない若い世代からも注目されそうですね。
⚔️ なぜ「第三勢力」と呼びたくなるのか
きのこの山とたけのこの里といえば、長年続く「どっち派?」という楽しみ方でも有名です。
明治公式の歴史では、きのこ・たけのこをめぐる論争は1980年ごろから始まり、2001年には公式キャンペーンも実施されたと紹介されています。
そんな2大勢力の歴史を知ったあとに「実は、すぎのこ村もあった」と聞けば、第三勢力と呼びたくなるのも納得です。
しかも2026年には、きのこの山とたけのこの里を組み合わせた「きたきたのこのこの山里」まで登場しました。
長い年月が過ぎても、きのことたけのこの世界は広がり続けています。
❓ きのこの山・たけのこの里・すぎのこ村のよくある疑問
きのこの山、たけのこの里の「もう一つ」は何?
昔のお菓子を指しているのであれば、「すぎのこ村」が有力です。
1987年に明治製菓から発売されたチョコスナックです。
すぎのこ村は今も買える?
現在、通常商品としては販売されていません。
過去には復刻されたことがありますが、常時販売されている商品ではありません。
一番最初に発売されたのは?
きのこの山です。
1975年にきのこの山、1979年にたけのこの里、1987年にすぎのこ村が登場しました。
きのこの山とたけのこの里は何が違う?
代表的な違いの一つが焼き菓子部分です。
きのこの山はクラッカー、たけのこの里はクッキーを組み合わせています。
形だけではなく、食感にも大きな違いがあります。
✨ まとめ|幻の「すぎのこ村」を覚えていますか?
最後に整理しましょう。
きのこの山は1975年、たけのこの里は1979年、すぎのこ村は1987年に登場しました。
現在も圧倒的な知名度を誇るきのこの山とたけのこの里に対し、すぎのこ村は販売終了したため、知らない世代も少なくありません。
それでも「きのこの山、たけのこの里、もう一つ何だっけ?」という疑問から、数十年前のお菓子が再び思い出されるのは面白いところです。
昔食べた人にとっては懐かしく、知らなかった人にとってはちょっと驚く「幻の第三勢力・すぎのこ村」。
きのこの山とたけのこの里をお店で見かけたとき、たまにはもう一つの仲間が存在したことも思い出してみてください。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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